Toe’s company

清水 博人さん(小諸市滝原出身)
就農前は都内で化学メーカーのコスメティック部門の営業をしていた。健康と美容に携わり知識を培っていくうちに、外見の美や健康だけではなく、食を通じてのインナービューティーという観点から農に繋げられないかと思い、日本人のアイデンティティともいえるお米の食文化を活かそうと思い米作りを始めた。お米から得られる美と健康を高めるために適した栽培とは?その答えとして選択したのは「自然に抗うことなく共存する」ということだった。そして、自然と生き物が共存し、生きていくという共通の目的に全力で向かっている風景は、一つの神輿をみんなで担いでいるお祭りのようだと清水さんは語ってくれた。

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橿山農園

橿山 和幸さん(小諸市滝原出身)
農業を始めた頃は実家の米作りを手伝いながら建設会社に勤務する兼業農家だった。10年前に専業農家になり、当初6アールだった水田は現在は約6へクタールとおよそ100倍に拡大した。増えた水田の中には、栽培ができなくなった生産者から引き継いだものも多い。また、密集した棚田が多いこの地域では道が狭く、機械が入りづらい場所もたくさんある。それでも前職の建設業の経験を活かし、重機を使って圃場の整備をしたり、草刈りや田植え、稲刈りなどの機械を駆使してほぼ1人で92枚もの水田を回している。地域の方々か ら引き継いだバトンを手に橿山さんは常に走り回っている

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ベジガーデン畑楽*きんぺい

金澤金平さん(御代田町出身)
定年退職後に地元の御代田町に戻り、農業を本格的にやるようになった。 以前からネットで珍しい野菜を見つけては週末に地元に帰って栽培をしていた。最初は趣味の延長でやっていた畑仕事も、直売所の立ち上げに関わったり、昔とは変化してきた食文化の流れもあり、野菜の需要も多様化してきた ため、品種や生産量が徐々に増えていった。そして何よりも金澤さんが農業を続ける理由としては人との繋がりである。飲食店やホテルの料理人との出会い、直売所に買いに来るお客様とのやり取り。そのどれもが刺激的であり、会社員時代には味わえない経験ばかりであった。金澤さんのセカンド ライフは今も全盛期を更新しているのかもしれない。

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中島花き園芸

中島 和輝さん(佐久穂町出身)

佐久穂町のシンボルでもある茂来山を背に、祖父の代から3代目となる花卉栽培農家。米農家だった祖父が田んぼを花栽培に切り替えた。そして、父親の代になると町全体で施設を使っての産地化が推し進められ、いつしか町の一大産業になっていった。さらに和輝さんが引き継ぐようになると、世の中の花に対する需要や価値観も少しずつ変わり、多様化してきた。高校卒業後、フラワーデザインを学び、花屋に勤めた和輝さんは、その経験を生かし、栽培だけではなく幅広いニーズへの対応と自分の感性を大切に花の魅力を伝える。新たな世代が繋げる花作りへの挑戦は続く。
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けんの農醸 Brewing Farmers & Company合同会社

鈴木 健之助さん(神奈川県横須賀市出身)
中学校から大学までの10年間は陸上競技に没頭する日々を送っていた。専門競技は400mハードル。競技人生を終え、就職活動を始めた時「自分は陸上以外に何ができるんだろう」と気づかされた鈴木さん。書店に行っては自己分析や人生の参考書となりそうな本を買って読んでいた。そこで出会った本に書かれていた言葉で、自分のことは忘れて人の為に尽くすという意味の「忘己利他(もうこりた)」の精神に感銘を受けた。そんな仕事をしたいという思いと、体を動かすことが好き、食べる物に興味がある、そして生きていくうえで必要な仕事という考えの結果、選んだのが農業だった。それから就農して醸造所を造り、酒造りをするまでにいろんなハードルを飛び越えてきた鈴木さんは根っからのハードラーだ。

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八菜農園

塩川浩志さん(東京都出身)
 
大手新聞社の記者だった塩川さんは、社会部で刑事事件などを18年間取材してきて、やりがいもあった。一方で、昼夜問わず働く仕事のスタイルは、子育てや家庭の時間が取りづらかったため、思いきって転職と移住をすることに決めた。就農のため2010年の春に長野県に移住、1年間の研修を経て2011年に独立した。八菜農園の畑や作業場がある場所は、佐久市の中枢機能が集まっているエリアから車で5分ほどで、牧場や種の試験場が目の前に、名所にもなっている菜の花畑がすぐ横にあり、眺めの良いロケーションが魅力的である。

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りんご家SUKEGAWA

鮏川和明さん・理恵さん(東京都出身)
 鮏川夫妻は東京で生まれ育ち、音楽関係とスタイリストという農業とは畑違いの仕事に就き、全国を回り歩く日々だった。理恵さんは幼いころから祖父母が営んでいた小諸市のリンゴ畑に、秋になると収穫の手伝いに来ていた。途中から和明さんも手伝うようになり、自然やリンゴと触れ合うことで気分転換になっていた。出産、育児を機に地方に住んで、自然環境の中での暮らしや子育てに魅力を感じるようになっていった。いろいろと考えた結果、実家の東京に近い小諸市に移住することに決めたのは気持ちのどこかに、いつも手伝っていたリンゴ畑の開放感と心地良さがあったからだ。

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ル・ポタジェ・デ・セル

中根 ニコラスさん(イギリス出身) 
スコットランド生まれフランス育ちのニコラスさん。イギリスの大学に通っていた1996年に1年間だけ交換留学で群馬県に住むことに。大学で日本の美術史を専攻していたこともあり、交換留学後も毎年のように来日しては寺社や博物館、美術館などを見て廻り、日本の美術や文化を勉強していた。
大学院を卒業後はフランスの酒販会社に入社。仕事の取材や撮影で酒の原料となる麦やブドウの生産者を訪ね、自然酵母を使用して自然派ワインを製造する現場などを見て栽培方法や品質の良さを感じてきた。その頃「自分で食べるものは自分で作っていきたい」という思いも芽生え、2013年にフランスでパーマカルチャーの資格を取得し、農業を始めた。
佐久市春日に移住して4反歩からスタートし、現在では自身の畑に留まらず、パーマカルチャーの概念と倫理のもと、自然環境の循環と維持のために周辺の土地を借り、永続的な農業の実践に取り組んでいる。

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Golden Green

有賀耕平さん(大阪府出身)季代さん(東京都出身)
佐久穂町の西側に位置し、蓼科山や八ヶ岳にも近い、緑豊かな自然環境に囲まれた場所にGolden Greenはある。就農のきっかけは耕平さんの「農業をやりたい」という唐突な発言から始まった。耕平さんは農業から一番遠い存在だと思っていた季代さんは受け流していたが日に日に増える脱サラ農業の本に「これは本気だな」と感じ移住と就農を決めた。前職でベンチャー企業のコンサルタント会社に勤めていた耕平さんは、自然と共存する小さな集落の中にある畑で働く農家としての顔と、町の中心地にある役場で政策アドバイザーとしての顔を持っている。従来の農家としての働き方に捉われないワークスタイルを実践している。

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あとくら農園

的埜 大介さん
東京都出身。宮崎県の大学を卒業後、小海町に移住し農業を始めて24年目。
山登りが好きで、農園の名前も家の裏にある阿登久良(あとくら)山から付けたという。就農した頃は有機農業がまだ珍しく、町に数件しかなかった。いろいろな失敗や経験を経て、今では「こうみゆうきちゃん倶楽 」という有機栽培の生産グループをつくるほどになる。さらに昨年から息子の渓(けい)さんも農業を始めた。

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