けんの農醸 Brewing Farmers & Company合同会社

鈴木 健之助さん(神奈川県横須賀市出身)
中学校から大学までの10年間は陸上競技に没頭する日々を送っていた。専門競技は400mハードル。競技人生を終え、就職活動を始めた時「自分は陸上以外に何ができるんだろう」と気づかされた鈴木さん。書店に行っては自己分析や人生の参考書となりそうな本を買って読んでいた。そこで出会った本に書かれていた言葉で、自分のことは忘れて人の為に尽くすという意味の「忘己利他(もうこりた)」の精神に感銘を受けた。そんな仕事をしたいという思いと、体を動かすことが好き、食べる物に興味がある、そして生きていくうえで必要な仕事という考えの結果、選んだのが農業だった。それから就農して醸造所を造り、酒造りをするまでにいろんなハードルを飛び越えてきた鈴木さんは根っからのハードラーだ。

分岐点となったのは、ある日本酒との出会い

就職活動を経て就農、醸造所設立までの経緯を教えてください

就職活動中は自分のことばかり考えていたけど、人のためにできる仕事って何だろうと考えたときに、体を動かして食べ物を作って喜んでもらえれば、それこそ最高な職業ではないかなと思って農業を選びました。農というものを知るために、最初の一年間はWWOOFなどを利用していろんなところで経験しました。

その中で「仕事の流れを見るには同じ場所で1シーズンを過ごした方がいいよ」というアドバイスをもらい、高知県で養鶏と米作りをしている農家さんの元で働きました。四万十川の支流の最奥の方に位置し、最寄りのコンビニまでバイクで30 分というような場所で、ほぼ自給自足の生活をしていました。ここで、田植えから稲刈りの1シーズン経験し、また色々なところを巡るようになりました。その中に分岐点となる出会いがあったのですが、三重県のオーガニックレストランで働いていた時に飲ませてもらった日本酒がものすごく美味しくて、今まで日本酒を好んで飲んだことがなかったので驚きでした。

そのお酒は千葉県神崎町にある寺田本家のもので、以前から友人に「農閑期の冬の仕事として働いてみないか?」と言われていた酒蔵でした。寺田本家は無農薬米を使用し、一つ一つの作業をほぼ手作業で行う昔ながらの酒蔵でした。高知県で無農薬栽培の米を作ったこともあり、何か繋がりを感じたので冬場の仕事として携わらせていただくようになりました。

仲間たちと行う田植え。 来年の種もみとなる稲を育てる田 んぼ。今後の農業に関わる大切な 場 所を、大 人も子どもも関 係なく みんなで一緒に手作業していくこと で地域との一体感を感じている。

農業のほうでは、オーガニックレストランで働きながら畑を借りて野菜作りを始めましたが、なかなかうまくいきませんでした。そこで何を作るのかや作業の意味をもっと考察する時間が必要だなと思いましたし、高知の自給自足の生活で感じた『米作りこそが生きていく術だ』ということを考えるようになりました。もっと勉強したいと思い、紹介してもらったのが、長野県にある自然農法の研究機関でした。そこで研究の助手をしながら、稲のことや米作りのノウハウを教えてもらいました。

※WWOOF( ウーフ)・・・無給で「労働力」を提供する代わりに「食事・宿泊場所」「知識・経験」を提供してもらうボランティア制度

農業と酒造りの両立

研究機関にいた頃に佐久市望月にある有機農家の石川さんの畑に視察に行ったのが佐久市に来るきっかけになったと思います。その後、ヨコハチファーム(本誌vol.10) さんでアルバイトをしている時に石川さんと再会して、石川さんのもとで研修を経て独立しました。最初の頃はズッキーニと美山錦という酒米を作っていて、米は寺田本家に納品してそのまま酒造りに行ってました。そのサイクルは結婚して子どもが生まれるまで続きました。

千葉県で米作りをすれば近くていいのですが、それだと米作りを3月から始めることになり、酒造りが終わってから全然余裕がないんですよね。長野県なら4月から始めても間に合うので、佐久市で就農することに決めました。就農時は1人でやっていたので、春に田植えをして、稲刈りになる前にズッキーニを収穫してから稲刈りに入るという流れで作業をしていました。


 人手が足りない時は妹に手伝いに来てもらっていました。妹と一緒に手伝いに来てくれたのが妻でした。それからは妻や季節労働の方に手伝ってもらいながら農業をしています。子どもが産まれてからは、千葉県まで酒造りに行くのが難しくなったので、冬場は地元の酒蔵で働くようになりました。そこで同世代の農家や仲間に出会い刺激を受けたことで、自分で醸造所を造ることにしました。

酒造りを通して農業や地域経済を循環させていきたい

農業と酒造りの二足の草鞋を履いた鈴木さん。酒造りの魅力は何ですか?

寺田本家の酒造りは7〜8人で通常やっているのですが、自分が入った時は5人で回してて、とにかく忙しい毎日でした。12〜1月のピーク時は無意識で作業をこなし、1月までに準備してきたものを順々に仕込んでいく2月は、少し落ち着いてくる頃で、ここでようやく作業の流れが見えてきて、あっという間に3月になってしまったというのが最初の年でした。忙しいながらに充実感を感じて、また来ようという気持ちになりました。それから5シーズンはここで酒造りを学びました。


 その時に杜氏をしていたのが元住職の方で、休憩中に酒造りの歴史や意義をよく話してくれました。「流通がさほど発達していない江戸時代では、酒蔵は地域の中心であった。地域で米を作り、米を蒸すためのエネルギー源となる薪を大量に用意し、酒を造るために人を雇い、たくさん販売することで経済を回す。


いわば酒蔵が栄えることは地域が循環するということになるのである。ここで学んだ生酛造りというものをいろんな地域で広めて地域を循環していくことがここでいう本当の生酛造り」というような話を説法のように話してもらったのが妙にしっくりきて、自分も酒造りを覚えたら地域に入って、自分なりの酒造りをしていきたいなと漠然と思っていました。なので自分で米を作り、エネルギー源は薪ボイラーにして、仕込み水も湧き水を使って、地域の資源や環境を活かしながら循環創りしようと考えました。

稲刈りの様子。 人のあまり立ち入らない開放的な 場所で米はのびのびと育っている。

まだ始まったばかりですが、自分の中では酒造りは一番の目的ではなく、酒造りを通して農業や地域経済が循環していくような仕組みを作っていきたいということは一貫して今までみなさんに伝えてきました。そして、自分の家族を含め地域の人たち全員が山や川の自然に生かされていることをメッセージとして少しでも感じていただけるお酒を造りたいと思っています。

どぶろく醸造

在来種の赤ひばりと酒米として好適米の亀ノ尾を無農薬無肥料で栽培し、地域の湧水と天然酵母で自然発酵させて醸造している。しっかりと粒を張った米が湧水に溶け込み、酵母と乳酸菌の力で時間を掛けながら醸し出していく。プツプツと表面に現れた気泡を見ると生命を感じずにはいられない。鈴木さん曰く「人の役目は微生物が活躍しやすい環境を日々整えていくこと。あとは余計なことはせずに自然に任せてあげればこの地域の味になると信じています。」
 Brewing Farmers&Company では、酒造りに関わる材料、燃料、資源、人材を地域で揃えて循環させている。米作りから醸造まで一貫性をもって取り組むから感じられる味わいであり、「お酒にはいろんなカテゴリがあるけれど、飲むと何にも当てはまらないというか、これはこれでしかないと思っています。」「さあどうぞ、この地域を一緒に楽しみましょう!」

けんの農醸
Brewing Farmers&Company合同会社

  • 基本情報
    • 所在地 佐久市協和3335-1(醸造所)
    • MAIL email hidden; JavaScript is required
    • URL https://bf88co.com
  • 取扱商品
    • 「AWA」 原料米/赤ひばり
    • 「カムナガラ」 原料米/亀の尾
  • 販売先
    • YUSHI CAFE(佐久市望月)など

2022年6月8日